「そんなつもりはない。けれどフェリシアの癒やしの力が知られれば、結果的にそうなるかもしれない……」
グランは悔しそうに表情を歪めた。
他の魔族たちは魔王と私とを交互に見ている。 グランは私を『運命の人』と呼ぶ。 突然誘拐をしてきたり私の意思をろくに聞かなかったりと、自分勝手ではあるけれど、大事にしたいという気持ちはなんとなく伝わってきた。好意的に見れば、空回りしているといったところか。でも他の魔族たちはどうだろう。
突然やって来た人間が、とても有用な能力を持っていた。 であれば限界まで能力を搾り取って利用してやろうと考えた人がいてもおかしくない。私自身が実力を把握していない以上、安請け合いは駄目なのだ。
止めてくれたベネディクトに感謝しないと。 少し振り返って目配せしたら、微笑んでくれた。ほっとする。「しかし、魔王様。フェリシア殿の力を使わない手はありません。負担がかからない範囲で是が非にもお願いしなければ」
魔族の一人が言った。
魔王であるグランの手前、気を使った言い方ではあるが。私を酷使したい気持ちはあるのだろう。「フェリシアはどう思ってるの?」
「できるだけ力になりたいと考えています。けれどベネディクトさんの言う通り、私は未熟です。光の魔力を扱えるようになったのも、つい最近のこと。どのくらいお役に立てるかは、未知数です」
「うん。それなら、フェリシアに負担がかからない範囲でお願いしたい。それ以上は許さない。いいね?」
グランの口調は静かだったが、有無を言わせぬ強さがあった。さすが魔王。
魔族たちの中には不満そうな者もいたけれど、その場はそれでおさまった。 光の魔力は自分の意志で発動できるようになった。 けれど魔力量はどのくらいなのかとか、どの程度の魔物や瘴気に通用するのかとか、不透明な部分はまだまだ多い。 それで以降は、私の力を推し量るためにいろいろと試してみることにした。「三日ですか。そういえば、要塞でクィンタさんの傷を治したときもそのくらい寝込んでいましたね。限界を迎えると、そのくらい倒れてしまうのかも」「なに、呑気に言ってんだ」 クィンタが不機嫌そうに腕を組んだ。「俺らがどんだけ心配したか、分かってんのか。勘弁してくれ」「すみません……」 言いながら起き上がろうとして、腕に力が入らず失敗してしまった。予想以上に体が弱っている。 三人はまたお互いに牽制し合った末、ゴードンの指示でさっきの猫耳っ子がやってきて介助してくれた。「あれからどうなりましたか?」 背中にクッションをいくつも入れて起き上がり、猫耳ちゃんに白湯を飲ませてもらってから、私は聞いた。「土地の浄化は部分的に成功したよ。フェリシアを中心に半径四分の一マイルほどが浄化されて、その外側も瘴気がかなり緩和された」 一マイルは千六百メートルほどだったか。じゃあ半径四百メートルくらいがきれいになった、と。 うーん? あの沼の広大さを思うと、大した面積ではないな。 一回やるたびに三日寝込んで、回復するのにさらに何日もかかって……となると、私の力で土地を浄化しきるのはほぼ無理ではないか。 だってあの沼沢地は、『一番手近であまり瘴気が濃くない場所』とグランが言っていた。 もっとひどい場所であれば、私じゃどうしようもないかもしれない。 他の人たちも同じ考えのようで、表情が冴えない。「今まで対抗手段のなかった瘴気が浄化されたのは、すごい成果だよ。けれどフェリシアにここまでの負担をかけてまですることじゃない」 グランが静かに言った。私は言葉を返す。「はっきり言っていいですよ。このやり方では効率が悪すぎて、魔族の領土を救うには到底足りないと」 グランは答えなかった。答えないという態度自体が答えだ。 それから彼は首を振った。「フェリシアの力は必要だけど、土地の浄化は負担が大きすぎる。やはり僕が魔王として瘴気の侵入を阻むのがいいと思う
それから数日かけて準備をして、私たちはお城を出発した。 メンバーは人間組三人、グラン、ゴードンと他、魔族の小隊が十数人だ。「魔物との戦いはなるべく避ける。手早く目的地まで行って、確かめたらすぐに引き返すからね」「分かったわ、グラン」 お城の前の広場でグランは一人、進み出た。 どうするのかと思っていたら、ぶわり、彼の輪郭が闇に溶ける。 数秒後には銀のドラゴンが四肢で立っていた。 他の魔族たちも半数ほどが変身している。鳥や飛竜、翼を持つ恐竜(プテラノドン?)みたいな人までいろいろだ。 皆、翼を持っていた。飛んでいくつもりなんだ。「すげぇな……。姿形が変わるだけじゃなく、魔力量も増えてやがる」 クィンタの呟きを拾ったグランが、竜の大きな口で答えた。「どちらかというと、獣の姿が僕らの本性だからね。集団生活や道具を使うのに便利だから、人の姿を取っているけど」 ゴードンがグランの背中に飛び乗って、私を引き上げてくれた。 ベネディクトとクィンタが続こうとしたところ、グランはちょっと嫌そうな顔をしていたが、結局乗せてくれた。「さあ、行こう」 グランが大きく羽ばたくと体が宙に浮いた。 他の魔族たちも仲間の背に乗ったり、足につかまったりしている。 グランを先頭に渡り鳥のようなV字の隊列を組んで、北へ飛んでいった。 グランの背中から地上を見下ろすと、森はやがて平地へと変わっていく。少し向こうには小高い山も見える。 草原と森を貫くように流れる川は、どこか青黒い色をしている。瘴気とよく似た色だった。土地だけでなく水も汚染するとは……。「もうすぐだよ」 お城から出てまだ一時間も経っていないが、目的地は近いようだ。幸い、魔物と遭遇はしなかった。 グランは平原の開けた場所に着地した。魔族たちが続く。「――あそこだ」 グランはドラゴンの姿のままで視線を向けた。 その先は沼沢地のようになっ
「すごい成果だ……」 グランや魔族たちはもちろん、ベネディクトとクィンタまで唸っている。「魔力の放出だけでこれだもんな。技術としての魔法を作れば、相当な効率になるだろ」 クィンタの魔法使いらしい意見に、ベネディクトは少し違う感想を述べた。「黒い森に出る魔物は、一番強くともCランクだった。魔族の土地の厳しさを実感した」 そういえば黒い森で遭遇した魔物は、光に呑まれてバタバタ死んじゃったっけ。弱い奴ばかりだったのね。「でも、フェリシアを戦場に連れて行くのは良くないよ」 グランが言う。「フェリシアに戦いの心得はない。強い魔物ほど弱い魔物をたくさん連れている。彼女の能力を活かす前に、危険にさらしてしまうから」「確かに。それに魔物殺しは他の者でもできる。フェリシアにしかできない、瘴気の浄化に注力すべきだろう」「うん」 方針は決まった。 けれど私はもう一つ、試してみたいことがあった。「瘴気の傷の治療の他に、試したいことがあります」 魔物退治の実験が終わった後、私は言った。 その場にいたみんなが注視してくる。「瘴気は土地そのものを汚染すると聞きました。であれば、その土地の瘴気を浄化できないでしょうか」「それは……考えたこともなかった」 グランが目を見開いている。「でもグランは、闇の魔力で土地の瘴気を抑えているのよね。同じようにできないかしら」「僕の場合は瘴気そのものを抑え込むというより、障壁を作って侵入を防ぐ感じなんだ。壁は高く厚いものから薄いものまで作れて、その分コストと効果が違う。重要な土地には高い壁を、そうではない場所には最低限のものを」 話を聞くと、こんな感じだった。 瘴気は北の土地ほど強い。 魔族は昔はもっと数が多く広範囲に住んでいたが、北からの瘴気に押されてだんだん黒い森のほうへ南下してきた。 今はこのお城がある周辺が魔族の主たる居住地で、北の瘴気を
「そんなつもりはない。けれどフェリシアの癒やしの力が知られれば、結果的にそうなるかもしれない……」 グランは悔しそうに表情を歪めた。 他の魔族たちは魔王と私とを交互に見ている。 グランは私を『運命の人』と呼ぶ。 突然誘拐をしてきたり私の意思をろくに聞かなかったりと、自分勝手ではあるけれど、大事にしたいという気持ちはなんとなく伝わってきた。好意的に見れば、空回りしているといったところか。 でも他の魔族たちはどうだろう。 突然やって来た人間が、とても有用な能力を持っていた。 であれば限界まで能力を搾り取って利用してやろうと考えた人がいてもおかしくない。 私自身が実力を把握していない以上、安請け合いは駄目なのだ。 止めてくれたベネディクトに感謝しないと。 少し振り返って目配せしたら、微笑んでくれた。ほっとする。「しかし、魔王様。フェリシア殿の力を使わない手はありません。負担がかからない範囲で是が非にもお願いしなければ」 魔族の一人が言った。 魔王であるグランの手前、気を使った言い方ではあるが。私を酷使したい気持ちはあるのだろう。「フェリシアはどう思ってるの?」「できるだけ力になりたいと考えています。けれどベネディクトさんの言う通り、私は未熟です。光の魔力を扱えるようになったのも、つい最近のこと。どのくらいお役に立てるかは、未知数です」「うん。それなら、フェリシアに負担がかからない範囲でお願いしたい。それ以上は許さない。いいね?」 グランの口調は静かだったが、有無を言わせぬ強さがあった。さすが魔王。 魔族たちの中には不満そうな者もいたけれど、その場はそれでおさまった。 光の魔力は自分の意志で発動できるようになった。 けれど魔力量はどのくらいなのかとか、どの程度の魔物や瘴気に通用するのかとか、不透明な部分はまだまだ多い。 それで以降は、私の力を推し量るためにいろいろと試してみることにした。
(光の魔力のコツは……) 私自身の幸せを実感しながら、相手の幸福を祈ること。 今の私は幸せだろうか。 急に魔族の国に連れてこられたけど、別に嫌な思いはしていない。 一人きりなら不安だったかもしれないが、ベネディクトとクィンタがいるおかげで安心している。 きちんとおもてなしを受けて、ごはんはおいしい。 ゴードン×グランの主従カプには無限の可能性を感じる。 なんだ、普通に幸せじゃないの。 むしろケモな魔族たちと出会えて、新たな扉が開きそうだ。「ねえ、あなた」 私は虎の人に話しかけた。「あなたには、友人はいますか? 心から信頼できる同性の戦友が」「いるとも」 虎の人は少し戸惑いながら、グランの後ろに控えている一人を指し示した。さっき部屋を出て彼を呼んできた人だ。「あいつは、今でこそ国の要職に就いて偉そうにしているが。前は俺と同じ戦士だった。よく背中合わせで戦ったものだ。瘴気ではないものの傷を受けて戦士を引退したが、今でも魔王様のために尽力している。信頼は変わらない」 指さされた人は照れているのか、居心地が悪そうだ。 その人は狼の耳をしたシュッとしたイケメンである。 対して虎の人はムキムキマッチョなワイルド系。 猫系と犬系! 遠慮なく気持ちを口にして甘えてくるでっかい猫と、真面目で照れ屋だけどまんざらでもないわんこ! 良い! とても良いッ!! あらぁ~。 一応、と思って聞いただけだったのに大収穫じゃないか。 ふつふつと萌えが心に湧き出てくる。 よぉし、これならいけちゃうぜ!(幸せになーれ。苦しいのは飛んでいけ。元気になって、狼の人といっぱいイチャイチャしてね) そっと触れた指先に光が灯った。淡いピンク色の光は、青黒い瘴気に触れるとあっという間に消し飛ばしていく。 傷を覆っていた瘴気が消えた。 クィンタのときのように重傷ではないので、このままでも大丈夫そ
それに魔族たちだって。グランは困った奴だが、ゴードンとの組み合わせは最高だ。 さっきちょっと会った侍女たちも、人間とそんなに変わらないように見えた。 彼女らはきっとBLの良さを分かってくれるに違いない。 ケモという新たな扉を開くのだ。 であれば、魔族を見捨てる選択肢はない。 そもそも無事に帰れるかどうかは彼らの心次第なのだ。 ここはしっかり仲良くなって、きっちりBL布教して、ケモカプをたくさん摂取しておいたほうがお得というもの。 ……というようなことを三秒ほど考えて、私は言った。「私は魔族たちに協力します。力を尽くして、魔物と瘴気の問題に取り組みます」「フェリシアちゃん……」 クィンタがどこか苦しそうに言う。「お前さんはどうして、そこまでまっすぐなんだ。こんな目に遭ってまであいつらを助けると、迷いなく言えるんだ」 理由はさっき考えたとおりなんだが、BL云々言うのはまずいかなあ。ちょっと取り繕っておこう。「魔族を助けることが、めぐりめぐってユピテル帝国を――ゼナファ軍団の皆さんを助けることになるからと、信じているからです」 ベネディクトとクィンタは目を見開いている。感動しているような雰囲気だ。 え? 私そこまで変なこと言ったかな? 困っていると彼らは目配せをしてうなずいた。 二人はそろって椅子から立ち上がる。「フェリシアの心は、しかと承知した。であれば私たちも全力できみを守り、力になると誓おう」 なんか厳かに宣誓されてしまった。 まあ気持ちは嬉しいので、「ありがとうございます……」 と、言っておいた。 翌日、朝食を済ませてから話し合いの再開となった。 会議室には人間三人の他、魔族はグランとゴードン。それから数人の身分の高そうな人が同席している。 彼らは魔族の国の要職にあると説明された。「昨